since August 25th, 2007/僕が出逢った景色から(33)~完
『短い物語P&D』は、とても短い物語と、それを表す絵画で構成されています。
連載ではなく、一話完結です。
日常という現実。
空想してしまうという現実。
夢を見るという現実。
それらが混在する混沌とした日々から生まれた物語。
時には共感できないエンターテインメント。
「かつてない時代を生きている今だからこそ、伝えたいことがあります。
当公演にアンコールはございませんので御了承下さい。
それでは間もなく開演です。」
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■短い物語P&D『月で逢いましょう』
ふたりの老人がいた。
若い頃、ふたりは東へ上った。
コンビで仕事を始めた。
いくつかの大切な物を失くしながら、苦労と喜びを経て成功したふたり。
長い間、ふたりは世界を駆け回っていた。
けれど、ある時、突然別れてしまう。
その頃の二人は、「人生の答え」を考え始めていた。
話し合いの結果、ケンカ別れではなく、前向きな別れとなった。
それから時間の河は万里を越えるように流れた。
離れたまま遠くどこかに運ばれたふたりは、再会することなく人生を終えようとしていた。
それまでの道程とは違うひとりで歩く道程は、共に順調だった。
多くの慈善事業に関わり、世界に印象的な足跡も残した。
時には数字に苦しめられながらも、それぞれの最前線に立った。
そして、さらに働き続けたふたりは、再び夢を抱いた。
どうしたって夢を見てしまうという現実。
ふたりの羅針盤は、年老いても輝いていた。
人生の終章のどこかで、大きな旗が掲げられようとしていた。
「月へ行きたい」
同じ夢だった。
ふたりは持っている全てを、惜しみなく投入した。
月へ行くための乗り物が建造開始。
それは世間に公にされることなく、大切な花を育てるように進められた。
ふたりにとっての史上最大の作戦は、真昼の月も知らない。
夜の月にも秘密。
そして、お互いの所在を知らないまま、ふたりの夢は開演に近づいた。
あれから30年余り。
ふたりは、それぞれの部屋で、ベッドの上。
年老いて、両足は疲れてしまった。
長い旅の途中にあった出来事を、たくさん忘れてしまった。
お互いのことですら。
そんなある日の夜、ふたりは月を見上げていた。
ひとりには、月が近づいたみたいに大きく見えた。
もうひとりには、月が何か言っているように見えた。
「なぜ月へ行かなければならないのだろう」
月明かりの下、ふたりは記憶の中をかき分けながら、ひとつだけ思い出した。
月の力で深い底から引き上げられたようなひとつ。
埃にまみれてはいたが、鼓動を感じた。
それは、いつかの約束。
別れるずっと前のこと。
ふたりの夢は、月へ行くことではなかった。
ふたりの交わした約束は、月のステージに立つこと。
それは、またふたり並んで歌うこと。
そんな約束を思い出しながら、ふたりは一緒にまぶたを閉じた。 ~終わり
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【画】
■タイトル(Title):『月で逢いましょう』
■作家名(Artist):環樹涼(RYO KANZYU)
■制作年:2009
■技法:ボールペン
■作品サイズ(縦×横):B4サイズ相当の画用紙を使用。
縦19cm × 横14cmの枠内に描画。
□販売価格:非売品
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