Pride and Dust World(HTN)

画家ではありません。 イラストレーターでもありません。 物語と詩を書いています。 それらと対になる絵を描いています。 Japanese Working Class Artist. 制作依頼はお気軽に。かつてない時代を生きている「今」だからこそ、伝えたいことがある。

since August 25th, 2007/僕が出逢った景色から(10)

『短い物語P&D』は、とても短い物語と、それを表す絵画で構成されています。
連載ではなく、一話完結です。

日常という現実。
空想してしまうという現実。
夢を見るという現実。
それらが混在する混沌とした日々から生まれた物語。
時には共感できないエンターテインメント。

「かつてない時代を生きている今だからこそ、伝えたいことがあります。
当公演にアンコールはございませんので御了承下さい。
それでは間もなく開演です。」

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■短い物語P&D『幻夜(2/2)』

待ち合わせの時間が気になったけれど、男は時計を見なかった。
とにかく気味の悪い夜を抜け出して、早くそこへたどり着きたかった。
天変地異の前兆でも、大掛かりなドッキリだとしても、今夜の目的はひとつ。
男は走り始め、考えた。
近頃は新聞もちゃんと読んでなかったし、テレビのニュースも聞き流していた。
でも、こんな夜があるなら予告があったっていいはずだ。
避難勧告なんて無かったはず。
薄っぺらな最近を思い出そうとするが、何も心当たりがない。
自分だけのけ者にされた気分。
直ぐに走ることが辛くなり、歩く度にじんわり汗がまとわりついて重くなる。
男は走り続けた。
そして、また甦る記憶。
まだ免許を取ったばかりの頃、山道で迷い焦った夜。
とにかく脱出したくて、ただアクセルを踏んでいた。
あの時もこんな感じだった。
男は時間を確かめようとした。
開いた携帯電話は今にも眠りにつきそうな状態。
「この電池が切れたら、いったいどうなるんだろう」
待っている人のことが気になった。
いま、同じ夜の下にいるのだろうか。

男は再び走り始めた。
街は無言のまま。
連なる高層ビルはまるで断崖。
得体の知れぬ何かが降りて来るような気がして怖い。
夜を映すガラスには表情がない。
やがて息苦しさが走るペースを落とさせ、つい歩きそうになった。
それでも男は走ることを止めなかった。
待ち合わせ場所まで大通りをあと二つ。

雨が落ちて来た。
着地する場所を自分で選べないほどの小さな粒。
夜の霧雨。
わずかな風で運ばれる。
男は傘など持っていなかった。
けれど今は濡れてもかまわなかった。
音も無く服に染み入る雨。
もう月の方向なんてどうでもいい。
あのビルの角を曲がれば踏切だった。

植木の葉に留まる雨粒を見ながら右へ曲がる。
その時、男は何かに躓いた。
少しだけ盛り上がったアスファルトで左の靴底が擦れる。
そして滑った。
前方へ倒れそうになったその瞬間、目の前に光がひと筋波打った。
男にはそう見えた。
右手が、とっさにそれを掴んだ。
何かを掴むような格好で崩れる。
なんとか派手なこけ方を回避し、両手と膝を着く。
そして、瞬きをするように何度か空が光った。
それは、蛍光灯が点灯する瞬間と似ていた。

街の休憩時間が唐突に終わったかのようだった。
建物や街灯が目覚めていた。
いつもの夜が、点いていた。
男は、まだしゃがんだまま。
その横を人が通り過ぎて行く。
気がつけば電車が通過する音。
警報機の合図。

 

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四つん這いのまま見上げると、踏切で待つ人がいた。
傘を背中の方へ少し傾けている。
いつしか雨は止んでいたけれど、その人はまだ気づいていなかった。

男は立ち上がった。
停電のことを聞こうか。
それとも、もう雨が止んでいることを教えようか。 ~終わり

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【作話】
■タイトル(Title):短い物語P&D『幻夜~SCENE2』
■作家名(Artist):環樹涼(RYO KANZYU)
■制作年:2008
※物語はブクログのパブーにて電子書籍として配信しています。KindleKoboにて配信中!
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【画】
■タイトル(Title):『幻夜
■作家名(Artist):環樹涼(RYO KANZYU)
■制作年:2008
■画材:ボールペン、鉛筆、画用紙、スプレー
■作品サイズ:B5、縦19cm×横14cmの枠内に描画。
■販売価格:10,000円(税込)
※『短い物語P&D』を表す絵画は、主にリアル展示による公開です。