Pride and Dust World(HTN)

画家ではありません。 イラストレーターでもありません。 物語と詩を書いています。 それらと対になる絵を描いています。 Japanese Working Class Artist. 制作依頼はお気軽に。かつてない時代を生きている「今」だからこそ、伝えたいことがある。

since August 25th, 2007/僕が出逢った景色から(9)

『短い物語P&D』は、とても短い物語と、それを表す絵画で構成されています。
連載ではなく、一話完結です。

日常という現実。
空想してしまうという現実。
夢を見るという現実。
それらが混在する混沌とした日々から生まれた物語。
時には共感できないエンターテインメント。

「かつてない時代を生きている今だからこそ、伝えたいことがあります。
当公演にアンコールはございませんので御了承下さい。
それでは間もなく開演です。」

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■短い物語P&D『幻夜(1/2)』

「またやった」
ソファに横たわったまま目を開けた男は悔やんだ。
部屋の蛍光灯とテレビがつけっぱなし。
目線より上に見えるパソコンも直ぐに働ける状態。
デスクの上は今朝のままだ。
軽やかに立ち上がった男は、すぐに時間を気にした。
急に立ち上がったせいなのか、心臓からのクレーム。
目覚めの動悸が激しかった。
左胸に何かが侵入したみたいな感じだ。
男は別の生き物によって次第に覚醒し、開けっ放しの窓にも気づいた。
約束をしていなかった太陽は、待ってくれていなかった。

夜の8時過ぎ。
いつも流しているTV番組のオープニングが聴こえてくる。
「急ご」
男は慌ただしく着替えを終えた。
そして窓を閉めて、ロックを掛けた。
二回確かめて、カーテンだけ開けておいた。
つけっぱなしだった奴らも片っ端から眠らせて、とどめにコンセントから引き離した。
いつものように神経質。
あとは部屋の灯りを消すだけ。
そうやって男はようやく安心した。
休日なのにどうしても繰り返す出勤前のパターン。
時計にばかり目がいく。
掛け時計に目覚まし時計、最後に見るのは携帯電話。
まだ間に合うことを確認すると、蛍光灯から垂れる紐に手を伸ばした。
一回引く。
二本消えた。
同時に窓の向こうの街の灯りもいくつか消えたような気がした。
二回目。
消灯。
気づけば外も同じ。
街の夜景も消えていた。
文明の灯りというものが見あたらない。
これは偶然なのだろうか。
部屋の灯りを消すのと同時に停電なんて。
たぶん、そうだろうと男は思った。
深く考える余裕はない。
携帯電話の頼りない光を懐中電灯代わりにして、男は部屋を出た。

マンションの通路も沈黙していた。
聞こえるはずの音楽も止まっている。
非常灯も点いてない。
「おかしいな」と思いながら、エレベーターではなく非常階段へ向かった。
幸い月明かりが吹き抜けに下りていて、なんとか視界がある。
四角い夜空に雲は見あたらず、男は「満月かな」と思った。
扉を開け、ゆっくりと階段を下りた。
転げ落ちないように気をつけながら足下を探る。
ようやく一階にたどり着くと、男は走り出した。
今夜は大事な約束があった。

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頼みの月は少し欠けていて、ぼんやり浮かんでいた。
信号でさえ消えていて、やはり街全体が停電しているようだった。
建物は闇にそびえる絶壁の山となり、舗道はいつもより危うい様相。
なぜか通る人もいなければ、車も走ってこない。
風は巣に戻ったかのように気配が無い。
自販機も眠るように目を閉じていて、なんとも寂しい。

男は田舎の通学路を思い出していた。
夏、カエルやヘビを踏まないように気をつけたっけ。
夜道ならなおさらで、車で通る時ですら慎重だった。
停滞する湿った空気に邪魔されながら走る男
時々歩いて、月を見上げる。
どこまで行っても街は死んでいるみたいだった。
いつもの大声や奇声が繁華街から響いてこない。
通り過ぎるヘッドライトも無いから、ゆっくり車道を横切る。
横断歩道の真ん中で止まって、振り返ることもできた。
そんな寄り道をしながら、男は待ち合わせの場所へと近づいた。 ~続く


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【作話】
■タイトル(Title):短い物語P&D『幻夜~SCENE1』
■作家名(Artist):環樹涼(RYO KANZYU)
■制作年:2008
※物語はブクログのパブーにて電子書籍として配信しています。KindleKoboにて配信中!

 

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【画】
■タイトル(Title):『夜を点けて』
■作家名(Artist):環樹涼(RYO KANZYU)
■制作年:2008
■画材:ボールペン、鉛筆、画用紙、スプレー
■作品サイズ:B5、縦19cm×横14cmの枠内に描画。
■販売価格:10,000円(税込)
※『短い物語P&D』を表す絵画は、主にリアル展示による公開です。